ひとりといっぴき時々かあちゃん

母直伝 "良いものを長く大切にする暮らし"

都知事選挙直前!母流選挙の臨み方とは

f:id:naconeco:20160727115509j:plain

7月31日は東京都知事選挙の投票日。
前回の参議院選挙が、18歳以上が投票できる初めての選挙だったこともあり、月に2回という立て続けの選挙に報道も熱を帯びていますね。

18歳だった頃のわたしは、政治なんかより作品作りが大事な高校生でしたが、それに比べて今の18歳はしっかりしています。
投票率も他の年代に比べ、高い地域が多かったそう。
そんなわたしが20歳になって、母から教わった選挙のお話です。

選挙に行かないなら、何も文句を言わないこと

わたしは20歳になり選挙権を得ても、選挙には無関心でした。
新聞が好きで毎朝読んでいたので、時事については知っていましたが、こと選挙になると「どうせ何も変わらないし」というさめた気持ちでいたのです。

初選挙こそ興味本位で投票に行きましたが、次は行かなくていいや、と思っていました。

2度目の選挙投票日、土日も大学で課題漬けだったわたしに、母からメールが。

「19時半、◯◯駅」

なんとなく逆らってはいけない殺気(笑)を感じたので、抵抗せず時間通りに地元の駅に着くと、母は車に乗って待ち構えていました。

助手席に乗り込むと、投票所の入場整理券と候補者一覧が載った新聞を手渡され「10分で着くから読みなさい」そのまま20時ギリギリに投票所に滑り込みました

「どうせ何も変わらないじゃん」帰りの車の中でそう言うと鉄拳をお見舞いされました。

「じゃあ、時給が安いとか消費税が上がったらヤダとか文句言わないのね?」

「何も変わらないかもしれない、でも選挙に行かない人に文句を言う資格はありません!

この鉄拳をくらって以来、わたしは選挙に行くようになりました。
そう、正々堂々と文句を言うために。

たとえ何も変わらなくても、選挙権を持つ大人として意見を提示するために。
(消去法でも、誰にも投票したくない時もあるけどさ…)

 

選挙も政治も誰かを攻撃するためのものじゃない

選挙に行くようになり、当然これまでよりも政治の動きが気になるようになりました。

ある日、母との会話の中で、ひとりの政治家を指し「あんな人に投票するなんて人として間違ってる」と言うと、またも鉄拳が。

「誰に投票するかは自由なの、友達が自分の意見と違う人に投票したからという理由で批判するの?友達じゃなくなるの? そもそも政治は、誰かを批判するためのものじゃなくて、現状をよくするためのものです」

確かに人には思想の自由があります。

家族や友達と意見が違って当たり前、それを正しく討論できればいいけれど、批判して仲違いするための政治ではないのです。

 

母謎の掟、誰に投票したか言わないこと

「そういうのは言わないものなの、家族にも」

と、母は誰に投票したか教えてくれませんでした。
当時は減るもんじゃないし、と思いましたが今はわかります。

大人になると会話の中で政治の話が出てくることがありますが、その時に自分の考えを述べると批判の対象になることがあるのです。

そんな考えじゃダメとか、間違ってるよとか、お酒なんか入っているとなおさら。

知人の政治に関するSNSの投稿を見て、なんだかその人を見る目が変わったりもします。

政治の話はタブーという考えは古いと思いますし、討論することを否定もしません。

ただ、正しい答えがわかりにくい世界ですから、結局声の大きい人に諭されて話が終わるだけのような気がしていて、今はまだ誰かと正しい討論ができるとは思えずに、母の心得通り、聞き手に徹するようにしています。

 

その先の現状を想像できる人でありたい

以前、食品偽装のニュースを見て「悪いことして倒産しちゃえばいいのに」と言ったら、「友達のお父さんの会社が倒産して、学費が払えなくて学校にこなくなったらどう思うの?」と返答されました。

良しと思うことも、悪と思うことも、人それぞれです。

自分にとっては不要な悪でも、社会は人がいてこそ成り立つもの。

悪だと思った直感のその先に、どんな現状があるのか、常に想像できる人でありたいと思っています。

かく言うわたしも都民のひとり。

なかなか実現はしないけれど、そもそもは現状をよくするための政治のはず。

先入観に捕われず、想像力を働かせ先を見据えて、一票を投じてきます!

 

ランキングに参加しています。
ひとりといっぴき、励みになるワン!

にほんブログ村 ライフスタイルブログ シンプルライフへ